美味しいオイルを作るには、木の一本、枝の一本、根の状態まで、丁寧に世話をしてあげるのが一番大事なのだよ。
金色のボトルが印象的なヴェンチュリーノ社のエクストラ・バージンは、イタリアに住んでいた10年前から愛用していました。ノンフィルター(無濾過)で少し濁っているオイルは、味わいが濃厚で、魚料理やサラダによく合います。このオリーブオイルはil Biancoを開業する際、最初に輸入を決めた商品です。
文:加藤昭広(イル・ビアンコ)
20万本のタジャスカオリーブに囲まれたディアネーゼ谷にヴェンチュリーノ社はあります。
最初の訪問は2007年2月。フィレンツェから車で4時間かけてリグーリア州のインペリアを訪れました。アポイントは16時からだったのですが、ちょうど同じ日に、隣町のフラントイオ・ビアンコ社にもアポイントがあり、予定外に農園をゆっくり回ってしまったので、ヴェンチュリーノ社に着いたのが19時。何と3時間も遅刻してしまったのですが、終業後の時間にもかかわらず、快く迎えてくれました。
ヴェンチュリーノ家は、1945年、地元の古い水車小屋で、所有する1500本のオリーブ古木と、ディアネーゼ谷一帯のオリーブ生産農家より買い付けた、タジャスカ種のオリーブのみを使用し、エクストラ・バージン・オリーブオイルの生産を開始しました。この地はインペリアのオリーブ生産の一大産地、20万本ものタジャスカ・オリーブの木々が、大切に育てられています。
見渡す限りのオリーブ畑
オリーブの木々に囲まれている集落
ディアネーゼ谷は北側を高い山に囲まれていて温暖なのが特徴です。例えばイタリアは1985年に大寒波に襲われ、リグーリア州はもちろん、トスカーナ州なども-20℃になり、数百年の樹齢を誇った多くのオリーブの木々が凍り付き枯れてしまいました。しかし、このディアネーゼ谷では、全く寒波の被害がなかったそうです。その証拠に、私たちが訪問した2月の終わりでも、オリーブの摘み取りと搾油をしていました。温暖な谷で、じっくり時間をかけて熟されたオリーブの実を使う。これが他のタジャスカ・オリーブより味わいが濃厚な理由だと聞きました。
社長のヴァルターさんに、工場内を案内してもらいました。新設して1年半の本社兼工場の建物は、ボトルと同じく美しく、非常に清潔なのが印象的です。搾油は伝統的な花崗岩製の搾油機を使い、低温で圧力をかけるシンプルな方法で行っています。使うのは、創業の頃と同じく、ディアネーゼ谷のタジャスカ・オリーブのみで、実の油分は20~25%。また、オリーブオイルの生産・貯蔵を行う工房は、最新の設備が備わっていて、特に低温殺菌の工程は、状態が良く、雑菌繁殖の恐れのない製品を保証する重要な役割を担っているとの事でした。
後日訪問した際に目にした作業風景。非常に清潔で整理された工房内で、みんな手際よく黙々と仕事をする姿が印象的でした。
見学している途中に、その日の作業を終えた息子のティツィアーノさんも説明に加わってくれました。お父さんに似てがっしりした体格です。ここも他の生産者と同じく、社長自ら息子と一緒に現場で汗を流しているようです。
その日摘み取ったばかりのオリーブを見せてくれました。黒、緑、黄色がかった物など、タジャスカの特徴である色々な色が混じっています。オリーブの実のうち、大きくて緑色のものは塩水漬けなどに、小さいものや、熟した黒いものは搾ってオイルにするとの事です。オイルにするには、緑と黒の両方の実をミックスしたほうが美味しいと熱っぽく説明してくれるティツィアーノさんは、すでに一人前の職人の様です
収穫されたばかりのカラフルなタジャスカ・オリーブ
絞りたてのオリーブオイルは、実に濃厚。このままの品質でお届けします
1時間前に搾ったばかりオイルを味見させてもらいました。みどり色の鮮やかなオイルは、とても濃厚でフルーティです。
社長のヴァルターさん曰く「ヴェンチュリーノ社のものは、他の地方の物に比べるとDolce(やわらかい、甘い)。そしてオイルはすべてグレッツォ(無濾過)。なぜならそれが一番美味しいからね」
ここでひとつ困ったことが。無濾過のオイルは、濾過した物に比べて品質管理がデリケートに行われなければならないと、以前に訪問した、トスカーナのマローニさんから聞いていたからです。イタリアから日本へは、船便では一ヶ月半くらいかかります。リーファー(=冷蔵)コンテナを使用すれば温度管理は大丈夫かも知れませんが、ひと月以上、波に揺られている状態が続きますし、移動時間で鮮度が落ちていくのは事実です。結局、このヴェンチュリーノ社のオイルをできるだけ鮮度の良い状態で日本に持ち帰りたいという思いから、費用は船便の数倍かかっても、全ての商品を航空便で輸入することに決めたのでした。
真ん中が社長のヴァルターさん、右が息子のティツィアーノさん
ヴェンチュリーノ社には、センスの光る魅力的な品がいっぱいです
ひと通り工場内を見学させてもらった後、場所をショールームに移して話を続けました。オリーブオイル以外にも、ジェノベーゼ・ペーストやオリーブのパテなど、美味しそうな商品が目白押しです。それぞれが、ヴェンチュリーノ家伝統のレシピとのことでした。
オイルを紹介してもらううちに、耳寄りな話が聞けました。「うちはDOP(原産地保護呼称)のエクストラ・バージン・オリーブオイルも生産しているけど、DOPはボトル一本ごとに貼る認証ステッカーを買わなければならないので、そのぶん商品としては高くなってしまう。その点、この“ヴァッリ・デッラ・タジャスカ”は、DOPと中身は全く同じオイルだけど、DOPの折り紙を付けていない分、安く販売できる」との事でした。私が10年来、いつも買っていたのは、まさにこのDOPでした。現地でも十分高価なオイルだったので、輸入したら高くなってしまう懸念があったのですが、DOPと同じ味とクオリティのオイルが、手頃な価格で買えるのなら、それにこしたことはありません。迷わず、“ヴァッリ・デッラ・タジャスカ”を仕入れることに決めました。
また、エクストラ・バージン・オリーブオイルと並んで、私達が愛用していたもののひとつに、ヴェンチュリーノ社のジェノベーゼ・ペーストがあります。何度か購入していたので美味しいのは承知していたのですが、他にも実に様々な商品を作っていることを、この日初めて知りました。しかも試食をしてみて、その全体レベルの高さにあらためて驚きました。息子さんが言うには、オイル工房を始めたのは1945年ですが、20年前に今のヴァルターさんの代になってから、会社が大きくなりはじめたとの事でした。味付け、瓶やラベルのデザインのすべてに、洗練されたセンスが感じられる商品ラインナップには、ヴァルターさんの手腕がうかがえます。従業員は13名で、イタリア国内を中心に販売し、カナダ、オーストラリア、アメリカにも輸出しているそうです。
しかし、いずれにしろ私たちが大遅刻してしまい、訪問したのが終業後だったので、肝心な仕事ぶりは見ることができませんでした。再度の訪問を決めてその日は帰りました。
情熱を持って良い物を作り続ける姿は、まさに職人でした。
同じ年の夏、再び訪問しました。二度目の訪問ということもあり、ヴァルターさんは明るく出迎えてくれました。さっそく、前回の訪問で見ることのできなかった農園や、工場を見せてもらうことにしました。
まずは、ジェノベーゼ・ペーストの原料である、バジルの仕込み現場です。ヴァルターさんの長年の友人でもあるロメオさんが、ヴェンチュリーノ社の近くにある、自身の工房を案内してくれました。2007年から、バジルもDOP(原産地保護呼称)制度がはじまったとのことで、正式に認証をうけた地元産のバジルを、一年分まとめて仕込んでいる最中でした。ヴァルターさんは、毎朝このバジル工房の前を通って出勤するそうで、「夏の時期、ロメオの工房が開いているか否かは、すぐ分かるんだよ。下の道路までバジルの香りが届くんだもの」と話す通り、工房の中は、出盛りの力強いバジルの香りでいっぱいで、圧倒されます。夏のこの時期、摘み立てバジルは、毎朝大量に届きます。それを何度も水洗いして塩だけ加えてペースト状にし、オリーブオイルでぴっちり密閉して、冷蔵保存するのです。添加物保存料は一切使用していません。ヴェンチュリーノ社は、このペーストに、自家製オリーブオイル、ナッツやチーズを加えて味付けをし、ジェノベーゼ・ペーストを作っているのです。
真ん中が友人のロメオさん、バジルの事を語らせたら話が尽きません。バジルの収穫期はリグーリアの人達にとっては、とても大切な時期。丁寧に仕込んで大切に保存されます
近くのポネンテ産のDOP認定を受けたバジリコ・ジェノヴェーゼ。やや丸みをおびていて、葉が厚いのが特徴です
ところで、このバジル工房の裏手に、オリーブの巨木がありました。タジャスカ種オリーブです。昔はイタリア中に、オリーブの巨木があったそうですが、前述したように、85年の大寒波で多くは枯れてしまいました。つまりこのような巨木が残っているのは、北側を高い山で守られているディアネーゼ谷ならではの事らしいです。いかにこの谷が温暖であるかの証明でもあると思います。
バジル工房のあとは、農園を一通り案内してくれました。ヴェンチュリーノ社のオリーブ農園は、急勾配の山肌にあるので、機械を入れて揺すったりする方法では収穫できません。オリーブの実は、全て手作業で摘み取ります。そのため、作業が危なくないように木の高さは抑えられていました。全体にずんぐり、どっしりと根付いている木が多い印象です。ヴァルターさんは大きな体に似合わず、軽快な足取りで山道をすいすい登り、木々を紹介しながら、樹齢や、しなければならない手入れの方法など細かく説明してくれます。夏のこの時期は雨が少なく、オリーブはじっと暑さに耐えているそうです。実はギュッと締まり、皮が固くなっています。そのおかげで害虫も実につかないとの事でした。
実り始めているオリーブ。この時期皮は固く、じっと雨が降るのを待っています
それにしても山を登っていくスピードが速い。メモをとりつつ、カメラを回しながらの私たちは、息を切らせてついて行くので精一杯でした。小さな村を望める場所に出て「きれいな村ですね」と言うと、「昔は、もっともっとオリーブの木々と密着して、畑のすぐそばで生活を営んでいたんだよ。だんだん、世代を経るに連れて、村は広がって山の麓のほうまで下りてきたけどね。昔は馬や牛を使ってオイルを搾っていたものだよ。それも何百年も前の話じゃない、たった90~100年前の話だ」
歩くのが本当に速くてついて行くのでやっとでした
宣伝や売り込みは一切しない。寡黙な職人でした
ヴェンチュリーノ社は新進気鋭の会社で、ここまで大きくなったのはヴァルターさんの手腕によるところが大きいと息子さんも言っていたので、私達は、やり手のビジネスマンという印象を持っていました。ところが、山々を案内してもらっているうちに彼も一人の職人であると、強く感じるようになりました。実に楽しそうに一本一本オリーブの木を解説してくれます。その表情はオフィスでの彼と明らかに違います。「この木は、ここを切ってあげると良い」「ここを切って、ちょっと広げると木が元気になる」「この木は樹齢100年くらいだが、思い切って真ん中から枝を落としてあげると良い」「この木はまだ植えて4年だけど、そろそろ剪定してやらなくちゃ」などなど、さながら講義です。実に色々な方法で手入れをしていました。その、ある意味大胆な手法は、ほかの農園では見たことが無いものも多くあります。
オリーブひとつひとつ手に取りながら、とても丁寧に色々教えてくれました
古い幹は朽ちてしまってますが、手入れをして再生させたオリーブ。オリーブの木の生命力には驚かされます
一つ疑問があったので率直に聞いてみました。「同じタジャスカ種のオリーブで、同じ谷、それこそ隣の畑で栽培していても味に違いがあるのはなぜなのでしょう?」ヴァルターさん曰く「いくつか要素があるが、一番違いが出るのは剪定などの手入れの仕方。例えば、この木の根元に、古い切り株が見えるだろう。オリーブの木も、何百年かたつと、木が弱り、実を付けなくなる。そうなった時には、脇から出た芽を生かし、古い幹は切り落としてやるんだ。一見手荒いようだけど、そうやって木を再生させることで、木は長生きする。だから、代々受け継がれてきたこの農園の木々は、樹齢にかかわらず、その根は、1000年くらい生きているものが多いんだ。美味しいオイルを作るには、木の一本、枝の一本、根の状態まで、丁寧に世話をしてあげるのが一番大事なのだよ」。彼は昔からこの根気のいる仕事をコツコツと続けてきたのでした。
また彼は、「自分は宣伝のたぐいをしたことは一度も無い。良い物を精魂込めて作り続けていたら、口コミでお客さんが広がりいつの間にか今の規模になった」と言っていました。それも特別なことは何もしておらず、彼の祖父母、あるいはもっと前から代々伝わるオリーブの手入れの方法やレシピを頑なに守り続け、かつ改良を加えてきただけなのだそうです。「今は輸出もしているけれど、僕がいつでもいちばん大切にしているのは、イタリア国内のお客さんに愛される商品を作り続けることだ」。どっしりとしたオリーブの木さながらに、地に足をつけた彼の頑固な仕事ぶりのうかがえる言葉です。
「いいかい、本当に美味しいものを丁寧に作っていけば、お客さんは必ず選んでくれる。君たちはまだ開業したばかりで大変だろうけれど、それを忘れずに、時間をかけてきちんと丁寧な仕事をして、お客さんに支持される店になってくれよ」そんな頼もしい言葉をかけてくれました。
別れ際、「また会おう。カトー」と言われました。気がつけば名前を呼ばれたのは初めてでした。オフィスに戻っていく大きな背中がとても印象的な訪問でした。
帰り際、ロゴのレリーフの前にて
ヴェンチュリーノ社の品々、どれをとってもヴァルターさんのように力強い味わいです。ぜひご賞味ください。
温暖なディアネーゼ谷に囲まれたヴェンチュリーノ社の農園は、樹齢数百年のオリーブが生い茂っています。私達が訪れた夏のこの日は近所の工房で、バジルの仕込みの真っ最中でした。
生産者情報
社名 | フラントイオ・ヴェンチュリーノ |
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所在地 | リグーリア州 インペリア県 |
従業員数 | 13人 |
創業年 | 1945年代 |
主な生産物 | オリーブオイル、びん詰め食品 |