フラントイオ・ビアンコ社 訪問記

見てごらん、ここは生命の息吹が一杯だろ。私の一番好きな場所なんだ。

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 世界的に有機栽培が注目されている現在、有機栽培で作られたオリーブオイルは、イタリアでも数え切れないほどあります。ところが、肝心のオイルの味はというと、残念ながら通常の栽培をしたものにひけをとる場合も多いようです。農薬を使わないがゆえに虫に喰われた実を使わざるを得なかったり、完熟するのを待たずに実を収穫せざるを得なかったり、という事情があるからです。ところが、地形や気候のおかげで、この虫の害を受けない、自然のままで有機栽培の成立する農園がありました。


文:加藤昭広(イル・ビアンコ)
 

清流インペーロ川のほとりに、フラントイオ・ビアンコ社はあります

 リグーリア州は、「タジャスカ」という種類のオリーブの名産地です。この実から採れるオリーブオイルは、濃厚だけれどくせがなく、あっさりとした料理、とりわけ魚料理と非常に相性が良いので有名です。強烈な個性を持つトスカーナなどのオイルと並んで、やわらかな風味のオイルをさがすべく、リグーリア州の生産者を訪ねたというわけです。

 フラントイオ・ビアンコ社への最初の訪問は、2007年2月でした。フィレンツェから4時間をかけ、リグーリア州のインペリアへ向かいました。インペリアは、イタリア北西の港町、ジェノバから西へ約100kmに位置する海辺の町です。フラントイオ・ビアンコ社はその内陸側、海へと続く小さな清流インペーロ(Impero)川沿いにあります。

 リグーリア州は、イタリアでもずいぶん北にあります。私達は、涼しい地を想像して訪れたのですが、実は、リゾート地として知られるサン・レモや、モナコ公国から50km程度しか離れておらず、非常に穏やかな気候に恵まれた場所でした。フラントイオ・ビアンコ社のあるインペーロ谷は平地が少なく、すぐ後ろに山が控えているので、海からの暖かい風の恩恵を受けて気候は非常に温暖で、年間の平均気温は12℃だそうです。例えば中部トスカーナ州では11月末頃までに終了してしまうオリーブの収穫時期が、この地では翌年2月までと言うことですから、その温暖さが分かります。

 フラントイオ・ビアンコ社を運営しているのはブルーナ家、1800年代から5代続いている歴史ある会社ですが、本社兼工場は従業員9名の小さな会社です。品質を大事にしたいので、あえて大きくしないのだと、先代のヴィンセンツォさんが説明してくれました。私達が訪れたその日は、あいにく社長である息子さん(フィリッポさん)が出張中だったため、ヴィンセンツォさんが、工房や農園を案内してくれました。


手作りにこだわって

 私達が訪れたその日、こぢんまりした工房では、パスタソースを仕込んでいるところでした。オリーブオイルの搾油は、数日前に終了したばかり、という時期でしたが、工房には搾ったばかりのオイルが、タンクに入れられて整然と並んでいました。彼らは手摘みしたオリーブを、風味が悪くならないうちに、低温搾り器でゆっくりと、酸化しないように搾ります。しかも、オリーブオイルは収穫時期によって風味が違うので、収穫「月」ごとに貯蔵タンクを分けて保管する念の入れようです。出荷する際には、均一な風味になるように、これらをブレンドしてボトル詰めするのだそうです。

 海軍を退官した初代フィリッポ・ブルーナが、この地にオリーブ農園を開いて約200年。その後、ブルーナ家は、険しい、岩がちの山を少しずつ手で切り開き、現代まで大切に伝えてきました。その忍耐強い、商品への情熱は今も健在で、オリーブの実の塩水漬けなどは、平均して8ヶ月かけ、手作業でゆっくり漬け込みます。ジェノベーゼ・ペーストに使用するバジルなどの素材は、全て地物で揃えており、葉をすりつぶす段階から、すべて自社の工房で、手作業で行います。夏場の、ペーストを作る日は、朝から工房が採りたてのバジルで埋め尽くされちゃうんだよ、と、おもしろそうに話してくれます。品質を考えると、これらは全て機械化できないとヴィンセンツォさんは言っていました。

 

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塩水漬け 1ヶ月漬けたものはやわらかいがえぐい。平均して8ヶ月(寒ければもっとかかる)戸外でゆっくり漬ける。実の色が、黄、緑、紫、黒など、ヴァリエーションに富んでいるのは、タジャスカ・オリーブの特徴

 

5世代にわたり、代々守ってきた山の農園。

 「山に行こう、見てもらうのが一番良い」。商品の説明をひととおり終えると、ヴィンセンツォさんは私達を、自身のオリーブ農園へ案内してくれました。自分の車はmacchina del contadino(農夫の車)だよ、びっくりしないでくれよ、と笑っていました。その言葉通り、車の後部荷台には、手作りらしいみかんが山積みになっていて、それを3つ、無造作につかんで私達にくれました。

 ビアンコ社を出ると、Impero川沿いの国道を登っていきます。道すがらの道路標識には “Terra della Taggiascha”(タジャスカの大地) “Citta dell’olio”(オリーブオイルの町) “Strada dell’Olivo”(オリーブ街道)といったものが見られ、この地にとってオリーブオイルが欠かせない物であることをあらためて感じました。無論、オリーブは、イタリアの国中どこでも見られ、大切にされていますが、リグーリア州は、「1種類のオリーブしか育てていない」唯一の州です。ここでは歴史的に、オリーブといえばタジャスカ種のことであり、見渡す限り、山に植わっているオリーブの木は、そのほぼすべてがタジャスカなのだそうです。

 小さな美しい村をいくつも通り過ぎ、そのひとつひとつを過ぎるたびに、空気が澄んで清々しくなっていくようです。20分も走った頃、いよいよ農園が近づくと、道は舗装もなくゴツゴツで、車一台がやっと入れる細い農道になります。目をつぶっても走れそうに慣れた手つきで、揺れる道を快調にとばすヴィンセンツォさんは、「Strada di campagna(田舎道)だけど、大丈夫かい」とか、「今年はこれから果実の木を植えようと思って」とうれしそうに話します。木が成長し、実をつけて、紅葉していく様子が大好き。オフィスは息子にまかせて自分は畑にいるほうが性に合っていると笑いながら話す、そんな素朴な人柄でした。

 

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農園を楽しそうに案内するヴィンセンツォさん(1)

 

 

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農園を楽しそうに案内するヴィンセンツォさん(2)

 

 農園に着くと、そこは広大な山の中腹でした。山のあちこちから煙が上がっています。オリーブの木が大きくなりすぎないよう、はらった枝を燃やしているのだそうです。ブルーナ家の一族は、1800年代から200年かけて代々、手や牛車で石を運び、段々畑を作ってきました。あちらこちらに牛車の通った道のなごりや、雨宿りのための石造りの穴などが残っています。彼が所有しているオリーブの木は8000本、海抜約250mから640mまでの山肌に広がっています。

 遠くの山の中腹に、美しい教会を中心にした、小さな集落が見えます。「あれがil mio paese(ぼくの村)だよ、後で案内しよう」、と彼の指さしたそこは、彼自身と、幼なじみの奥さんの生まれ育った“AURIGO”村。今もブルーナ家の自宅があり、夫妻はもちろん、90歳代のお母さんが暮らしているそうです。

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「AURIGO」村

 

 さらに場所を移動すると、空気の動く音さえ聞こえるような、静かな場所に行き着きました。谷間では、昔ながらの手作業によるオリーブの地道な手入れが続いています。「ここが一番好きな場所なんだよ。」と言われ、足下にある肥料の話など聞いているうちに気がついたのですが、そこは元気いっぱいな下草に埋め尽くされた、自然のままのオーガニックのオリーブ畑でした。

 有機農法は「農薬・化学肥料を使わない代わりに害虫などの存在を認める」と言い換えることが出来ます。しかし、ここは標高の高さや地形から、害虫が発生しにくく、農薬を使う必要がない。自然に有機農法が成立する貴重な環境です。とはいえ、機械の入れない、急勾配の畑で手作業による栽培と収穫は危険も伴い、非常に重労働ですし、収穫量も伸びません。

 何カ所か場所を移りながら、時間をかけて農園の隅々まで案内してくれました。木の剪定方法や状態など枝を手にとって細かく丁寧に教えてくれます。木々を自分の子供のようにとても慈しんでいるように見えました。「ここも有機農法をやめれば収穫量は2,3倍になるけど、それはしたくないんだよ。見てごらん、ここは生命の息吹が一杯だろ。私の一番好きな場所なんだ」。こういう職人がイタリアにもいました。このような仕事を彼らは代々続けてきました。この地方の人たちが、イタリア一忍耐強いと言われる由縁ではないかと思います。このオーガニック畑は、彼の理想郷です。

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牛車で石を運び手で積み上げてつくった段々畑

 

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雨宿り用の穴

 

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下草もしっかり生えている自然なままの畑(1)

 

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下草もしっかり生えている自然なままの畑(2)

 

 結局、5時間くらいは山の中を回ったと思います。帰りに先ほど言っていたヴィンセンツォさんの生まれた村を通りました。この辺りは電気や水道は通っていますが、ガスが未だ通っておらず薪で火をおこします。なんの不自由も無いのでこれで良いと言っていました。綺麗な湧き水やローマ時代の橋なども残っています。心が穏やかになるようなたたずまいの村でした。

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ローマ時代に作られたという橋

 

 さて、工房に戻ると、ちょうど夕方の掃除の時間でした。金曜日にお邪魔したので、皆で週末の予定などを楽しそうに話しています。写真を撮ろうという事になって皆さんに集まってもらいました。並んでくれていた従業員の一人が、「ちょっと待ってて」と言い、事務所から社のロゴが入ったカタログを持ってきました。ここで働くみんなは、フラントイオ・ビアンコの事が好きで、誇りをもっているように感じました。

 有機農園の夏の様子や、たまたま商用で留守にしていた当代社長のフィリッポさんにも会いたいと思い、再び訪れることを決めました。別れ際、ヴィンセンツォさんに、「今日、見せたものは、自分の手で作ったものだけだよ。うちは、農園も、古いレシピなども、代々継がれてきたものを大切にしている会社なんだ、日本の皆さんにもぜひ味わってほしいよ」とみなさんへの伝言を託され、その日の訪問は終わりました。

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ビアンコ社のみなさんと

 

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先代ヴィンセンツォ・ブルーナさん

 


再訪問、魚介類のびん詰めに出合う

 そして、同じ年の夏に再訪問し、息子のフィリッポさんと初めて会いました。商業的な事は全て彼が執り行っているそうで、5カ国語を操るインテリジェンスのある人でした。 まずは、ブルーナ家特製のびん詰め食品を試食させてもらうことにしました。これが実に美味しい。

 アンチョビのペースト2種類は、普通に売っている調味料として使う物とは、ひと味もふた味も違う豊かな味です。ひと口で、入荷を決めました。それにマグロや、さばの柵をぜいたくに使ったオリーブオイル漬け、大ぶりの新鮮なアンチョビ、ツナ入りのトマトソース、乾燥トマトのペースト等々、すぐにでも持って帰りたい物と多く出合いました。全て地元の漁師料理や、家庭料理がベースになっています。

 このあたりは昔、非常に貧しく、手元にある魚などをいかに美味しく食べられるか何世代にもわたって工夫されてきたレシピなのだそうです。ブルーナ家自体、先祖に海軍の軍人がおり、昔から海との関わりが深いせいか、海産物の扱いには目を見張る物があります。私も学生時代は船に乗り、漁師のアルバイトをしたものです。海に関わっている人達の、上手な魚の食べ方をたくさん見てきましたが、国は違えど通じるものがあると思いました。

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息子のフィリッポさん(左)

 


真夏のオーガニック農園へ

 さて、ふと目をやると先代ヴィンセンツォさんが山に行く準備万端で待っています。私達は話を切り上げて、あのオーガニックの畑に向かいました。道すがら見える景色は冬のそれと、あまり変わりません。オリーブは一年を通じて姿を変えないので、風景も季節によって変わりはしないとの事。言い換えれば、周りの景色に、いかに多くのオリーブの木が融け込んでいるかということなのでしょう。

 真夏のオーガニック畑は、乾燥のために下草が枯れてしまって、冬より緑が少ないくらいです。今の時期オリーブは雨が降るのをじっと待って耐えているのだそうです。しっかり実はつけはじめていますが、皮が固く害虫がつかないようになっていました。今年はこの地も暑く害虫が少ないそうなので出来が楽しみとの事でした。

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真夏のオーガニック畑は、からからに乾燥していました

 

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「わかるか?」と聞かれております。ヴィンセンツォさんは、私達にとってオリーブの先生のようです

 

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実りはじめたオリーブは雨をじっとまっています

 

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枝を手にとって、オリーブの状態を丁寧に説明してくれました

 

 ヴィンセンツォさんは、山に行くと実に活き活きします。この日は彼自慢の家庭菜園も見せてもらいました。ナスやトマトにズッキーニが実っています。もちろん全部がオーガニック栽培。丹誠込めて作られた野菜達はブルーナ家の食卓に上ります。

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地元特産のトランペットの形をしたズッキーニ「トロンベッタ」

 


シリーズ「カーザ・ブルーナ」は、リグーリア州の家庭の味

 農園から戻った私達を待っていたフィリッポさんは、貴重な資料を私達に見せてくれました。それは、このフラントイオ・ビアンコ社が創業して間もない頃、インペーロ川と、水車の使用権を定めた契約書の束で、手書きで記された、歴史的な資料です。私達が手を触れてはいけないような、大切な家族の歴史です。

 そこには、川の図面と共に、「フィリッポ・ブルーナの子である、ヴィンセンツォとブリジーダ兄妹に、水車を継がせる」という内容が記されており、以来ブルーナ家では、家と水車を継ぐ長男の名前を、代々ヴィンセンツォとフィリッポだけに限っています。もうすぐ子供が生まれるのだという、現社長の5代目フィリッポさんも、「僕にもし息子が生まれたら、ヴィンセンツォと名付けるんだ」と、誇らしげに話してくれ、なんだか懐かしいような、暖かい気持ちにさせられます。

 ブルーナ家ではこの水車小屋を事業の原点とし、「カーザ・ブルーナ」というシリーズのラベルに、この写真を写しとって大切に使っています。私達が今回紹介させていただいているのは、すべてこの「カーザ・ブルーナ」シリーズのオイルと食品です。

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1892年(明治25年)に撮影されたという、ブルーナ家の水車小屋

 

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国王宛に提出した搾油所と水車の事業計画書と許可証

 


いのちあふれる素晴らしいビアンコ社のオーガニック農園。静かな山の中腹で大切に育てられるオリーブをご覧ください。冬と夏、それぞれに異なる表情と、ブルーナ家の工房をご紹介します。

 

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生産者情報

社名フラントイオ・ビアンコ
所在地リグーリア州 インペリア県
従業員数9人
創業年1800年代
主な生産物オリーブオイル、びん詰め食品

ヒナタノ店主・加藤 昭広

おいしいもので喜んでいただくことが大好きです。おいしいものを探してイタリアへ移住。気がついたら仕事になっていました。
自他ともに認めるオリーブオイル ヲタクです。
このブログでは、おいしい話しやイタリアの職人さんたちから聞いた小ネタを紹介しています。