フェリチェッティ社 訪問記

もし、今この手に最高の材料を揃えることができれば、世界で一番うまいパスタを作ってみせるよ。

 フェリチェッティ社の「SELEZIONI(セレツィオーニ=厳選素材)」シリーズは、究極のパスタのひとつです。最高の素材と、それを探しあてた気の遠くなるようなプロセス。厳格な品質管理の下に実現できた、食感、完璧な茹で上がり時間、0.01ミリ単位まで緻密に規格された形。構想から約10年をかけて開発されたこのパスタは、その特徴のひとつひとつ、どれをとっても驚かされます。そしてなにより、このパスタに至るまで、雪深いアルプスの中で彼らが送ってきた100年余の歴史に、感銘を受けます。

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雪深いドロミテの真ん中にフェリチェッティ社はあります。

フェリチェッティ社は、イタリア北東部、スキー競技で有名なドロミテ(イタリアで正しくはドロミーティ (Dolomiti)と言うらしいです)の真ん中にある、プレダッツォ(Predazzo)という町にあります。ここはオーストリア国境から100km ちょっとのところに位置していて、南チロル地方とも呼ばれています。昔はオーストリアの一部だったこともあり、このあたりの人はイタリア語のほかにドイツ語も流暢に話し、町中で耳にする会話は、むしろドイツ語のほうが多いくらいです。

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フェリチェッティ社の看板。矢印の方向にある小さな路地に入ると工場があります
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豊富な木材を使用した美しい家並みが、とても印象的です
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町のすぐそこにはドロミテの山々が連なっています
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ふもとの町のひとつ、ボルザーノ(Bolzano)。看板も道路標識も、何もかもがイタリア語とドイツ語のバイリンガル。写真の2枚の道路標識は、いずれも上がイタリア語、下がドイツ語

私は数年前、イタリアに住んでいる頃に日本の友人からスキーのアテンドを頼まれたことがあり、ルームメイトのイタリア人から紹介されて、プレダッツォを訪れたことがありました。几帳面な人々と、美しい町並みが印象的な小さな町でした。

しかし、なにぶんここは、標高1000mの山の中。3000メートル級の険しい山々に囲まれ、広大な穀倉地帯とは程遠い、冬は雪に閉ざされる小さな町です。最初このパスタに出会った時、なぜこのような場所にパスタメーカーがあるのか、非常に強い興味を持ったことを覚えています。

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冬場のプレダッツォ
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人口4,000人ちょっとの、美しいアルプスの町です

クオリティの高さに、ただ驚くばかりです。

初めてフェリチェッティ社のパスタに出会ったのは、フィレンツェの食料品屋でした。きれいな箱に収まった「SELEZIONI(セレツィオーニ=厳選素材)」シリーズは、普通のパスタの数倍する値段で売られていました。箱の裏面に表示された産地名「プレダッツォ」を見てびっくり、懐かしさと同時に「そんなばかな」と思った私は、お店の人に確認したのですが、やはりあの、スキーで訪れたプレダッツォでした。また、この店員さんは同時に、この会社の品質を絶賛していました。

よく見ると、材料となる粉に、いくつかのヴァリエーションがあることに気づきます。パスタの材料として最も代表的なGranoduro(デュラム小麦)の他に、Farro(スペルト小麦)、そしてKamut(カムット小麦)。非常に興味深い品揃えです。


それぞれを一通り購入して試食してみると、驚きの連続でした。

まず茹で時間。表示時間通りに茹でれば、きっちりアルデンテに仕上がります。茹で上がったパスタを割ってみると「白い芯が今まさに透明なアルデンテになりました」の状態です。これがすべての商品に関して完璧にできているのです。どんなパスタでも、アルデンテのタイミングを見極めるため、茹で上がり直前の味見は大事だと思います。表示時間と実際の茹で上がり時間には、多少の誤差が出ることがよくあるからです。ですが、フェリチェッティ社のパスタに関しては、私は茹で具合確認の味見をしていません。茹で汁の塩加減だけです。そのくらい、信頼がおけるものです。

それに食感。Granoduro(デュラム小麦)に関しては、これまで経験したことのない繊細さと、なめらかさでした。タリアテッレ(卵麺)などは、手打ちの生麺よりもなめらかなくらいです。ナポリ周辺特産の、あのソースがよく絡む適度な「ザラザラ感」も大好きなのですが、全く別のパスタでした。クリーム系ソースとは抜群の相性でしょう。一方、Farro(スペルト小麦)は力強い香ばしい香りは残しながら、もっちり、しっとりとした食感を誇ります。さらに、古代種であるKamut(カムット小麦)は、ずっしりとした食べごたえと、小麦本来の濃厚な味が印象的です。

そして緻密さ。WEBでフェリチェッティ社の情報を探しあて、ここでもびっくり。すべての商品の規格が公開されているのですが、パスタのサイズは、溝の間隔や深さまで、何と0.01ミリ単位で決まっています。「なんという人達」これが彼らに対する第一印象です。

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フェリチェッティ社の公開しているpennne rigate(ペンネ・リガーテ)の規格。まるで精密機械の設計図のようではありませんか?

小さなパスタ工房は、100年前に地域の人達のためにはじめました

フェリチェッティ社は約100年前、まだこの地がオーストリア=ハンガリー帝国の一部であった1908年に創業しました。当時は今以上に雪に閉ざされていて、冬場は歩くのさえ大変な状態。また牛や馬が物流の主役だったので、長い冬の間、プレダッツォを含めた近隣の村々は、ふもとの町からは完全に孤立してしまうため、食糧自給システムの構築は至上課題であったそうです。

このような状況の中、ふもとの町と通行可能な夏場に小麦粉を運び、保存のきく乾燥パスタを作るという構想が生まれました。そして現社長リカルドさんの曾祖父にあたるヴァレンティーノ・フェリチェッティ(Valentino Felicetti)さんが、地域のために一念発起、パスタ工房を始めたのだそうです。

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創業期のフェリチェッティ社

二度の世界大戦と、大きな火災を乗り越えつつも、豊富な水資源や、燃料となる木材、澄んだ空気など恵まれた環境を活かし、フェリチェッティ社は次第に大きくなっていきました。この山間の小さなパスタ工房が生き残っていくために、特に大切にしたのは、美味しく高品質で、かつ効率的な生産技術の開発。この技術の蓄積が「SELEZIONI」シリーズ開発の土台になっているようです。創業当時、地域の人々の食料調達のために作られた小さなパスタ工房であったフェリチェッティ社も、現在は従業員40名、毎日70トンのパスタを製造する規模に成長しました。生産量の60%はオーガニック製品で、イタリア国内はもちろん、オーストリア、ドイツ、オランダ、ベルギー、スペインなどのEU各国をはじめ、米国、日本などにも輸出されています。


「SELEZIONI」シリーズは、パスタ職人の壮大な夢

社長のリカルドさんに会ったとき、私たちはまず、この高価なパスタの生産を始めるに至った経緯を尋ねてみました。

顧客には品質と同時に、価格に対する要望もあります。フェリチェッティ社は、この相反する2つの条件を満たすため、常に最良のバランスを考え、生産技術を蓄積してきました。そんな中、三代目であり創業者の名前を受け継いだ、リカルドさんの父親ヴァレンティーノさんは常々、”Se io ho in mano delle materie prime valide, faccio la pasta piu buona del mondo.(もし、今この手に最高の材料を揃えることができれば、世界で一番うまいパスタを作ってみせるよ)”と、口癖のように話していたそうです。

「最高の材料で、最高のパスタを作る」。それは、多くの一流パスタ職人に共通の「夢」に違いありません。ですが、ひとたび最高の材料を探すとなると、それは時間も手間も、コストも膨大にかかる壮大な計画になってしまいます。フェリチェッティ社は、あえて、その不可能とも思える計画に挑戦することにしたのです。ヴァレンティーノさんの夢をかなえるべく、1996年「SELEZIONI」の開発プロジェクトはスタートしました。


最高の素材を探して

最高の素材を求めて、彼らは世界中を探して回りました。「SELEZIONI」シリーズが目指したのは、次の三点でした。

  1. 粉をブレンドせず、1種類のパスタについて、1種類の粉しか使わないこと(Monograno)
  2. 品種改良等を行っていない、純粋な原種の麦を使うこと(Purezza)
  3. 有機栽培であること(Biologico)

そして選ばれた品種は、Granoduro(デュラム小麦)、Farro(スペルト小麦)、Kamut(カムット小麦)でした。これらの条件を全て満たす粉を、それぞれの品種に関して探し当て、契約農家から直接購入すること。フェリチェッティ社では、一般市場に出回っている商業向きの小麦粉ではなく、丁寧に作られた純粋種の麦を探して、世界中の生産元農家を独自に当たりました。一見当たり前のように見えますが、これが大変な作業になりました。

小麦は、純粋なものであっても、細かく分類していくと、たくさんの種類があります。たとえば、Farro(スペルト小麦)なら、約260種類。比較的保護が進んでいて、ヴァリエーションの少ないKamut(カムット小麦)でも、約40種類。Granoduro(デュラム小麦)に至っては、数え切れない種類なのだそうで、結局、デュラム小麦に関しては、遠い北方の国で原種に近いものを見つけ、イタリア国内で契約農家に生産してもらうことにしました。

それらひとつひとつの種類について、生産農家を探し出し、サンプルを取り寄せ、成分分析して、秀逸な粉のみ約十数種類ずつに絞り込みます。しかも、分析の結果が思わしくなければ、翌年の麦の収穫まで待たなくてはなりません。この、小麦を選定する作業だけでも、5年以上かかっているのだそうです。

さらにそこからパスタを試作し、パスタにいちばん向いている、理想の味に仕上がる1種類を選ぶのですが、粉の挽き方によっても食感や香りに影響が出ますから、いかに膨大な作業になるか、ご想像いただけるかと思います。

こうして構想から約10年、プロジェクト開始から8年をかけ、「SELEZIONI」シリーズは大変な努力の末に完成しました。箱にも工夫がされており、袋はパスタができるだけパスタ以外のものに触れないように非常に高価な材料を使いつつ、その大きさも必要最小限のものになっています。素材から製造、包装にいたるまで全てにおいて妥協はしていません。また、「SELEZIONI」シリーズの生産量は、フェリチェッティ社全体のパスタ生産量の、わずか5パーセント程度にすぎません。にも関わらず、専用の生産ラインを確保して、大切に守り育てているのです。

これらの話を聞いているときに、私が「大変な情熱をかけて、臨まれたのですね」と感銘を込めて賛辞をおくると、リカルドさんはさらりと「当然の努力ですよ。良い構想・企画だったら、焦らず時間をかけて入念かつ万全な準備をするのは、当たり前のことです」と言っていました。この慎重さや丁寧さ、頑なさはフェリチェッティ家伝統なのでしょう。


フェリチェッティ社の一番の品質は「信頼」を守る頑な企業姿勢でした

生産ラインを見せてもらいました。生産現場を見るにあたり、衛生のため、帽子とスモックを身につけるよう指示されました。リカルドさんは、衛生着を身につけ終わると、おもむろに腕時計を外しました。肌に直接つけていたものには雑菌が繁殖している可能性があるため、工場には持ち込まないのだそうです。私の妻が身につけていた小さなピアスとネックレスも外させます。当然のことではありますが、社長自ら、面倒がらずにきちんと手続きを踏むところが、いかにも几帳面なリカルドさんらしい、と改めて感じ入ります。

まずは品質検査室。品質管理は厳格で、何段階にもしっかり検査した後に出荷されます。特筆すべきは出荷後の検査態勢で、生産日ごとにサンプルを残してあり、製造から賞味期限が切れる2年後まで、どのような品質状態になっているか適時品質チェックしているそうです。つまりみなさんにお届けするパスタと同じものが、フェリチェッティ社にあり、日々、品質チェックされているという事です。

次に工場の中。この日は主力商品であるオーガニックパスタの生産をしていました。他にもパスタ工場を訪れたことがあるのですが、比べてみると、こぢんまりしているが非常に機能的、整然としていて無駄のない工場です。その一例が在庫管理。狭い倉庫内は、見事なくらい整理され、整然と高く製品が積み上げられています。日産70トンのパスタを小さなスペースで管理出荷するのは簡単な事ではないと思います。この大変な作業を配送までをたった二人でこなしているそうです。

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きっちりと積まれたパスタの箱(1)
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きっちりと積まれたパスタの箱(2)
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フェリチェッティ社の人達は、実に几帳面に、規律正しくきっちり仕事をこなします

リカルドさんは、工程ごとに、丁寧に教えてくれます。説明の間によく出てくるキーワードは「sicurezza」、日本語で「安全・安心」のことです。その言葉から、非常にまじめで厳格な姿勢が伝わってきます。「SELEZIONI」の素材を探すにあたり、商業的な品種改良がされていない原種にこだわったのも、このためだと思われました。

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ひとつひとつ丁寧に教えてくれました。彼は口癖のように「食の安心・安全」を口にします

実は以前、商品を日本へ輸送するにあたって、船便のドライコンテナを使っても差し支えないか、リカルドさんに相談したことがありました。ドライコンテナ、とは温度管理のされていない、ごく一般的に使われるコンテナのことです。イタリア~日本間は、赤道直下を通ることもあり、万一コンテナが船の甲板に設置されようものなら、直射日光を浴び、数日~2週間にもわたって、コンテナ内温度が60度にもなる可能性があるのす。

一見、保存方法に神経を使わなくても良いように思われる乾燥パスタですが、実はパスタも製造方法によって、低温乾燥(40度くらい)をしている場合もあります。つまり乾燥過程よりも20度も高温になるわけですので、品質の劣化を心配して質問してみた次第です。彼からの答えは、「船便のドライコンテナでも、船倉の下にくるように指定しておけば製品の劣化につながるような高温になることはない。しかし以前に一度だけ、私の顧客で、船会社の手違いによりコンテナが高温になってしまい、わずかに残ったパスタの水分が袋の中で蒸発し、品質の劣化を起こしたことがあるので、注意が必要」ということでした。

この一件は、フェリチェッティ社の責任ではありません。あくまでも彼らの顧客と船会社の問題です。また、普通このような誤解を招くようなネガティブ情報はメーカーからは出てきません。事実、同じ問い合わせをした別のパスタ会社からは「全然問題ないので大丈夫」という返事がきたものです。リカルドさんの実直で真摯な姿勢に感銘を受けたエピソードのひとつです。


フェリチェッティ家のパスタ職人として

一緒に工場を回っている最中も、作業をしている人達が、製造工程の状態や打つべき手段に関して、リカルドさんに相談してきます。彼は世界中を飛び回るビジネスマンであると同時に、100年続くフェリチェッティ家のパスタ職人でもありました。

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パスタ工房の中では、社長ではなく職人の顔でした

「他のパスタ工場とくらべても、すごく良い工場ですね」と私。すると彼が聞き間違えたか、私のイタリア語が間違っていたのか「他にもっと良い工場があるのか、どんな感じでよいのか」と聞いてきます。向上心のかたまりのような人です。訂正して「あなたたちのような、実に機能的で高品質なパスタを作り続けているところは、珍しいと思いますよ」続けて「ナポリとか中南部のパスタには、美味しい物がたくさんありますけど、彼らに比べて、あなた達が勝っているところは何ですか」と尋ねると、「確かに、ナポリやイタリア中南部には、美味しいパスタがたくさんあります。それらが、素晴らしいのはよく知っています。私達は、彼らとは違うアプローチで最高のものをつくり続けたいと願っています。ちょうど車で言うなら、フェラーリとポルシェのように、違う次元でお互いに最高のものであり続けるように願っています。」リカルドさんは実に謙虚で、自信と向上心にあふれている人でした。

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本社にある、SELEZIONIシリーズのディスプレイの前にて

最後に、パスタについて、フェリチェッティ社の言葉です。

“Cercare le cose buone, saperle incontrare, sceglierle. E’ una vocazione e un modo di essere. Un destino.“
「良質なものを探求し、本物を選り分けて出合う方法を熟知する。これこそ私たちの使命であり、人生そのものであり、目標とするところなのです」



北イタリアのドロミテにある小さなパスタメーカー、フェリチェッティ社は創業100年になります。彼らは、頑なに美味しくて安全で安心なパスタを作り続けていました。
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生産者情報

社名フェリチェッティ
所在地トレンティーノ・アルト・アーディジェ州 トレント県
従業員数44人
創業年1908年代
主な生産物パスタ

ヒナタノ店主・加藤 昭広

おいしいもので喜んでいただくことが大好きです。おいしいものを探してイタリアへ移住。気がついたら仕事になっていました。
自他ともに認めるオリーブオイル ヲタクです。
このブログでは、おいしい話しやイタリアの職人さんたちから聞いた小ネタを紹介しています。